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熊本地方裁判所 昭和43年(タ)9号 判決 1969年2月20日

原告 山下泰友(仮名) 外一名

両名法定代理人親権者母 山下タキ子(仮名)

被告 検察官

主文

原告両名が本籍朝鮮慶尚南道○○面○○里、亡鄭恭成の子であることを認知する。

訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

原告ら法定代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

一  原告らは本籍熊本県○○市○○町○番地筆頭者山下タキ子の子として登載されているものであるが、原告泰友は昭和三九年七月一日、原告裕美は昭和四一年一〇月二四日、いずれも、右タキ子を母とし、本籍朝鮮慶尚南道○○郡○○面○○里亡鄭恭成(一九四〇年五月一六日生)を父とする二人の間に、出生したものである。

二  山下タキ子は鄭恭成と昭和三七年九月一六日から事実上の夫婦関係を結び、熊本市内、宇土市内において同棲生活をするうち、原告泰友を懐胎し昭和三九年七月一日同原告が出生し、ついで、原告裕美を懐胎し昭和四一年一〇月二四日同原告が出生したものである。

三  ところが、鄭恭成は山下タキ子と婚姻の届出をしないまま昭和四二年二月一二日死亡した。

四  右のように、原告は鄭恭成の子であることに相違がなく、鄭恭成はすでに死亡しているから、検察官を相手方として、原告らがいずれも鄭恭成の子であることの認知を求めるため本訴請求におよぶ。

立証として、甲第一ないし五号証を提出し、証人杉田礼次、同塩原克行、同山下トモエ、同土屋隆一、原告ら法定代理人山下タキ子本人の尋問を求めた。

被告は本案前の申立として「原告らの訴を却下する。」との判決を求め、本案につき「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、次のとおり陳述した。

一  本案前の抗弁として。

原告らの父鄭恭成は韓国人であるが、法例一八条一項によると、子の認知の要件は父に関しては父の属する国の法律によつてこれを定めることになつているから、韓国法が適用されることとなり、またその父がすでに死亡しているときはその死亡当時の同国法が適用されるべきである。

右韓国法によると、父がすでに死亡しているとき、その子または法定代理人が起す認知請求の出訴期間については、同法八六四条で、父の死亡を知つた日から一年内、と規定している。

鄭恭成は昭和四二年二月一二日死亡し原告らの法定代理人である母山下タキ子は当日これを知つたものであるから、同日から一年を経過した後である昭和四三年三月一四日提起した本件訴は、出訴期間を徒過してなされたものであり、却下さるべきである。

二  本案に対する答弁として。

原告ら主張の請求原因事実中、原告らが原告主張のとおり在籍していること、山下タキ子が原告らをそれぞれ主張の日に分娩したこと、鄭恭成が外国人であり原告主張の日に死亡したことはいずれもこれを認めるが、その余の事実は知らない。

甲号各証の成立を認めた。

理由

一  被告の本案前の抗弁について。

原告らは日本人である山下タキ子の子として出生した日本国籍を有する日本人であり、亡鄭恭成が韓国人であつたことは、後記二掲記の証拠によつて認められるところであり、原告らが検察官を相手方として亡鄭恭成の子であることの認知を求めるものであるから、渉外私法関係における子の認知に属し、法例一八条の適用をうけるものというべきところ、同条一項によれば、子の認知の要件はその父に関しては認知当時の父の属する国の法律によつてこれを定め子に関しては認知の当時子の属する国の法律によつてこれを定めることになつているから、原告らがその父であると主張する亡鄭恭成については死亡当時その本国と認められる大韓民国の法律により、子であると主張する日本人たる原告らについては日本国民法によるべきであり、右大韓民国の法律と日本国民法とが結合的に適用されることとなる。

ところで、大韓民国民法(壇紀四二九三年(昭和三五年)一月一日施行)によると、その八六三条で子は父を相手として認知請求の訴を提起することができることを定め、同法八六四条で父が死亡したときは、その死亡を知つた日より一年以内に検事を相手として認知請求の訴を提起することができると規定している。

日本国法律においても、父の死後子は検察官を相手方として認知の訴を提起できることを認めるが、父死亡の日から三年を経過したときは提起できないと規定されている(民法七八七条、人事訴訟手続法)。

後記二掲記の証拠によると、鄭恭成が昭和四二年二月一二日死亡し、原告らおよびその母山下タキ子が当日右死亡を知つたものであることが認められること、並びに、本件認知の訴が昭和四三年三月一四日提起されたものであることは本件記録に徴し明らかなところであるから、本件訴が、日本国民法による出訴期間内である鄭恭成死亡の日から三年以内に提起されたものであるが、右大韓民国民法に定める出訴期間である鄭恭成死亡の日から一年以内を経過した後に提起されたものであることは明らかである。

ところで、右いずれの本国法によつても父死後の強制認知を認めているものであつて、両法制間に相予盾する要素を包含するものではなく、ただその出訴期間の定め方において差異があるものであり、一般的には日本国民法の出訴期間が大韓民国民法のそれよりも長いといいうるにしても、具体的事案によつては、一律に死亡後三年と定めた日本国民法と異なり、死亡を知つた日より一年と定める大韓民国民法においては死亡後三年を経過した後においても訴の提起が許される場合のあることを考えると、一概にいずれが出訴を認めるにつき寛大であるともいいえないものと考えられるところ、出訴期間を制限した所以のものは、関係者の多くが生存し記憶新鮮鮮明なる間に親子関係を明らかにしてその関係の存在が肯定されるときは親子関係を創設しようとするものであつて、日時の経過による証拠の不明確になることを防止しようとするものであると共に、他面いつまでも身分関係の不安定となることを防止しよつて、子および親その親族との各利益の保護を調整しようとする趣旨のものであることが、いずれの法律においても認められる。

ところで、認知制度は嫡出でない子にとつてその父が何人であるかを定めこれを戸籍簿に記載し明確にならしめ、子の社会生活法律上の生活を父の判明しないことによる不利益から脱脚せしめて子の利益を擁護する唯一の方法であり、嫡出でない子にとつて認知を許さないで放置することは一般社会生活の秩序に不当な影響をおよぼすものというべきであるから、子であると主張する原告らにおいて認知の訴を提起する利益あるものというべきであり、しかも、後記証拠によると亡鄭恭成の両親も認知のなされることを望み同両親兄弟等親族にとつて認知をうけることによつて不利益はないことが認められる。

更に、父である者の本国法において強制認知を認めぬ場合には法例三〇条によつて日本国民法が適用されて父死亡後三年の出訴期間内に出訴しうることが否定されない結果となりうることに対比較量してみても、日本国民が日本国の裁判所に提起し同裁判所で裁判をうけようとする本件訴について、右大韓民国民法による出訴期間経過のみを理由として直ちに本件訴を不適法とすることは、原告らの右訴を必要とする利益と右各出訴期間を定めた趣旨並びに法例三〇条の精神に照らし、直ちにとりえないところであつて、原告らが、日本国民法の出訴期間内に日本の裁判所に提起した本件認知請求の訴につき審理裁判をすることができるものと解するのが条理上妥当と思料され、またかく解することが必ずしも両本国法の結合的適用に相矛盾することとなるものでもない。

してみると、原告らの本件訴は適法と認めて差支えなく、被告の本件訴を不適法とする本案前の抗弁は採用しえない。

二  本案について。

方式趣旨により成立の真正を認めうる甲第三ないし五号証、証人杉田礼次、同塩原克行、同山下トモエ、同土屋隆一の各証言、原告ら法定代理人山下タキ子本人の供述および同供述によつて成立の真正を認めうる甲第二号証、同供述および証人土屋隆一の証言により成立の真正を認めうる甲第一号証を総合すると、原告ら主張一、ないし三、のとおりの事実を認めることができ、同認定を覆えすにたりる証拠はない。

右認定事実によれば、鄭恭成は原告らの血統上の父と認めるのが相当である。

三  よつて、原告らの本訴請求を正当と認め訴訟費用の負担につき人事訴訟手続法三二条、一七条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅浩行)

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